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足柄詣
- 2007/12/23(Sun) -
今年に入ってから動かなくなった車を治してきた。
それもなるべく自分の手で走るようにしてやりたかった。
すべては無理にしても、自力で出来るところまでは治してその峠に行きたかった。
最初はまったく始動しなかった車の故障個所を時間をかけて見つけ、燃料ポンプを交換して仮ナンバーを取り、車道へ乗り出すだけの熱意が戻ってきていた。
実のところ都市生活に車なんていらない。
レンタカーのが安上がりで、レンタカー屋の隣に引っ越そうと思ったこともあるくらいだ。
思っただけだが。

最終的には体力負けして整備士さんの力も借りて走るようにした車に乗って、山間の道を一路峠を目指して走った。
埼玉の自宅から、昔は野猿街道から16号線へ入ってR246経由で峠に入ることが多かったが、今回は車の仕上がりに不安があったのでまずは奥多摩を目指してそこで車の調子を計ることにした。

車はいたって調子良かった。
ショックアブソーバーとエンジンマウントが終わっていると整備士さんに言われてはいたが、終わってるなりの走りをすればいいだけ。
奥多摩を抜けて道志みちに入る頃には、だんだん昔の勘も戻ってくる。
当時とくらべてバイカーの数が増えていた。
バイク渋滞というものを初めて見た。
道の駅にも寄りたかったが、行楽客の車やバイクで一杯で立ち寄る気もなくなった。
昔ここは閑散としていたのに、いったい何があったんだろう。

道志の先にある山中湖周辺は居心地の悪い場所だ。
高級避暑地然としているので出来れば早く抜けてしまいたい。
今日はそんな晴れがましい気分じゃないし、この車も場所に似合わない。
そこから長尾峠へ向かいたい誘惑にもかられるが、時間的に許さず足柄峠へ車を向けた。
後に長尾峠が崖崩れで封鎖されていたのを知ったので、良かったのだろう。
だが御殿場を東に抜けた直後に道に迷い、さらに悪いことに渋滞に巻き込まれた。
宮が瀬湖側からヤビツ峠を経由して入ればよかったと後悔したが、あとの祭、渋滞に弱い車なのでハラハラしながら御殿場を脱出、やっとのことで足柄峠への道へ乗り入れると車がまったくいなくなった。

登坂途中のヘアピン脇で車を止めて小休止していても誰も来ない。
昔の足柄と同じ風情だ。
うれしくなった。
下道を通過する車は誰もこの寂れた峠を気にも留めていない。
忘れ去られた、そんな気配すら漂わせていた。
そのヘアピンで待つこと10分、親子連れの軽自動車がゆっくり登っていった。
そんな閑散ぶりだ。

足柄峠はこの車のサイズにぴったり合った峠道だ。
ヘアピン様のタイトコーナーの連続で、つづれ折の道幅を最大限に使って走るので対向車には注意が必要だ。
幸いカーブミラーが律儀に各死角に設置してあるので最小限の安全は確保できるが、とりあえずそういうところでは徐行になってしまう。
だが視界の確保できるカープには安心して車を放り込める、そんな峠道が足柄だ。
なかでも2〜3箇所コーナークリアを決めた時にピタっと車が出口を向く、恐ろしく気持ちのいいカーブがある。
そういう時は自分がすごく運転が上手くなった気になるわけだが、これはこのカーブが腕と車のサイズに偶然フィットしているだけなのだ。
それでも気持ちいいのに変りはなく何度も走ってみたくなってしまう、そういうポイントを数多く持つのがこの足柄なのだ。
だからこの文章を読んだ方が違う車で走っても同じ印象を持たれる可能性は限りなく低い。
逆に言えばこの場所で同じ爽快感を得るのは同じ車に乗った人になる。
言うまでもない当たり前の話だが、今回はそれが大きな意味を持ってる。
かつて同じ車でこの峠を走った仲間を身近に感じることが目的だったから。

その人は既にこの世の人ではない。
名前はhiroさん。
hiroさんが亡くなってからはこの峠を訪れることは無くなっていた。
最期の追悼で集まった時以来、6年近くの歳月が経過していた。
峠だけではない。
僕は車からもだんだん遠ざかっていた。
その車も知人にあげてしまった。
知り合い程度であったとしても、人は誰かを失うとその人格の一部をどこかへ奪い去られる。
hiroさんの場合、同じ変な車を愛したという意味で価値観の共有がまずあり、そして維持の簡単ではないその車に乗りつづける勇気を与えてくれる存在、その中の一人だった。
だから僕はそれを失うと心がぽっきり折れた。
車を無くしたらまた手に入れればいいが、人はそうはいかない。
無くした欠片を拾い集めてもそれは過去への回顧に過ぎず、今ある車の下へ潜る勇気も萎んでいった。
墓参りをしようにも事情があってその所在を知ることができないので、訪れることはできない。
でも考えてみれば僕は車に乗ったhiroさんしか知らなかったし、行くことが出来るのはこの足柄だけじゃないのか。
たぶん本当のお墓に参じても当惑するだけじゃないのか。
人は死んでしまえば皆神様、だったら足柄詣でだ。
変な理屈だが、それが誰にも迷惑をかけない一番の方法に思えた。

その後知人に好意で譲ってもらった同じ車は自宅駐車場に長い間放置してあった。
近所の修理屋さんに治してもらっても、またすぐ壊れる。
だから維持にはお金以上に熱意が必要な、そんな車だ。
だけど高級車じゃなく大衆車だ。
思い出だけで存在しているような儚い車。
そんな車が実際にここにある。
多少その塗装が色褪せようが、物質的には堂々存在を主張していた。
動かなかったが。
そのせいか最近じゃめったに走っているのを見かけなくなった。
太った車ばかりが溢れる車道に顔をしかめながら自分の不適応を呪った。
買うんなら軽自動車だな。
普段乗る車は服のように着たいと思っていた。
車に護られたいんじゃない、いっしょに駆け抜けたい、そんな相棒のような車に乗りたかった。

タイトコーナーを抜けて車がしゃきっと前方を向くと、その先にはhiroさんの乗った車の後姿がはっきり蘇った。
赤くて四角い小さなテール。
やっぱり彼はこの道をいまも走っている、そう錯覚した。
ここを走ることが墓参りになるんじゃないかと長い間、時々感じていたが、やはりそうだった。
レンタカーでは墓参りにならなかったろう。
車種が違うから。
だからこんな遠回りになってしまった。
ごめんよhiroさん。

太陽が大きく西へ傾き富士山が逆光で浮き上がる峠を、その西日を浴びながら駆け登った。
コーナーとコーナーを繋ぐ細くうねった道でアクセルを踏み込むと車は軽く飛び跳ねた。
「やっぱりショックが終わってますよ」
そう後部座席から聞こえたような気がした。
思わず振り返ったが、もちろん誰もいない。
なんでhiroさんリアシートに座っているんだよ、そう思うと前がよく見えなくなり、最上部にある駐車場へ車を寄せた。
ガスと逆光で富士山は輪郭を失っていたが、なんだか神々しかった。
来て良かったと思った。

足柄峠


それから2週間後、実家から戻る途中で車はまた動かなくなった。
まるであの日の700kmのためにだけ動いてやった、とでも言うように。
でもあの日の足柄には実は課題を残している。
帰りに道を間違い、知らない道でR246まで降りてしまったのだ。
昔よく走った峠への東からのアプローチをまた走らなきゃいけない。
ゆったりと田園を走るとても気持ちいい道なんだ。

春先にはなんとかなると思うよ。
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