|
ダム屋
|
|
- 2008/05/18(Sun) -
|
|
はるか昔、漫画家始める前、2年あまり勤めた叔父の工房を辞めてブラブラしてた頃、知り合いに誘われて近所にあった電力研究所というところで数ヶ月バイトしたことがある。
仕事はあらかじめ決められた配分でコンクリートを練って円柱をたくさん作り、それにプレス機で過重をかけていき破砕までの性質の変化を記録することだった。 セメントと砂、砂利及び薬品の配合割合でコンクリート柱の強度や性質が決まり、割合によって変化するのはコンクリート柱の電気的性質とブリードと呼ばれる水分排出量だ。 部屋を指揮するのはダム屋のOさん。 当時50代くらいで、黒部以来のダム畑を渡り歩いてきたなんだかプロジェクトXみたいなツワモノだった。 僕は僕で当時、高校時代から同人誌でいろんな漫画を描いてきて、コピー誌から現在のようなオフセット印刷の同人誌を携えて黎明期のコミケに参じるような日々を経て、「なんかもう描きたいものがなくなっちゃったな、もう漫画にも飽きたな」という宙ぶらりんな状態だった。 その頃は雑誌か映像関係の仕事がしたくて、目に付いたところに電話して断られたりしていた。 当時アダルトビデオも黎明期で、求人誌に映像関係と書いてあるから電話してみたら「エロビデオ撮る仕事だけどいいんですか?」なんて電話口で言われて慌てて切ったりしていた。 今から思えばやっときゃいいのに、とも思う(笑) そんな話じゃなかった。 その電力研究所、略して電研には、当時めずらしいパソコンがあって、それをよくいじって遊んでいる太郎君というのがいた。 太郎君は宮崎駿のファンで、僕が漫画描くことを知ると「パソコンで絵を描いてみましょうよ〜」と誘ってきた。 もう漫画描くのやめたんだよと彼に言うと、「じゃ他人の絵の模写ならいいでしょ」と言われて、カリオストロのクラリスを描かされることになってしまった。 仕事の休み時間に方眼紙にクラリスを真似して描き、その座標を数列化してパソコンに読ませていった。 ディスプレイの上部から緑の光点が徐々にクラリスを描き出すと、太郎君は興奮して「クラリスかあいい!」と叫ぶ。 はぁそうですかと思いつつも、模写したクラリスの絵は自身初めての萌え絵ということになってしまい、それを記録したカセットテープ(!)は今も手元にある。 せっかく萌え絵・・・当時そういう言葉はなかったけど・・・美少女が描けるようになったんだからと、その頃やっていたコピーのミニコミ誌の巻末にオマケ漫画として3Pでカリオストロのパロディ物でも描くことにした。 文章主体のミニコミだったから端から漫画を載せる気は毛頭無かったんだけど、つい魔が差してしまった。 そんな折、Oさんと話をしているとダムの今後の話になった(笑) Oさんは、ここ日本では高度成長も終わりを迎えダム建設は縮小傾向にある、今後自分はコンサルタントとして中国など発展途上国でのダム建設に携わりたい、という話をされた。 「美少女」と「ダム」、なんともシュールな取り合わせだけど、そんな話を失礼極まるけどクラリス漫画の内容のことなど考えながら流し聞きしていたら突如Oさんは、「いっしょにダムをやってみないか」と僕に言った。 「あ?・・・はぁそうですね」 鳩が豆鉄砲食らったようなもんで、「ありがとうございます」とかその場はお茶を濁して、翌週コミケにミニコミ誌(コピー誌です・・・表紙はプリントゴッコ)を売りに行った。 「ダムかぁ、すごいなぁ、でっかいなぁ」とか思いつつ、「でもなんでどこの馬の骨とも知れない僕なんかに声かけるんだよ」と今でも不思議だが、そんな状況でミニコミ誌を売ってると、マイナー漫画誌の編集がそのクラリス漫画に目をつけてきて「うちの雑誌に描かない?」と突然言われた。 それでダムの話はうやむやになり、練馬に引っ越してアシスタントしながら漫画を描く、そんな流れになってしまい電研は辞めてしまった。 今から思い返しても自分の行動に主体性がまったく無い。 まんがはやめたんじゃなかったか。 いや、正確には当時、仕事の手段として漫画を描くことにしたと思う。 もちろんマイナーデビューで食えるわけもなく、アパート暮らしでアシスタントをしながら漫画を描いていたりしたが、自分のしたいことと違っていたのでアシスタント先でも「漫画はバイトです」などと言っていたと思う。 当時、自分としては雑誌や小説書きがやりたいことであり、そのとっかかりとして漫画を描いていたはず。 それは現実にデビューから10年あまりも漫画というバイトに費やすという無茶な展開をもたらすが、それはまた別の話だ。 ダムの話に戻る。 今回の四川省の大地震で400以上のダムで亀裂などが入ったという報道が出てきた。 亀裂というと軽い被害な印象があるけど、コンクリはヒビが入ったらもう破砕したと同じ。 大袈裟に言っているのならいいんだけど、それを祈るけど、これは気の遠くなるような話。 ダムの修理は基本的に水をそこそこ抜かないと出来ないはずだ。 で、400というとその地域一体の水利は壊滅状態に陥る。 黒部のような重力式ダムだけではなく、今回亀裂の写真が公開された紫坪埔ダムのような多目的型のロックフィルダム(おそらく)でもそれは同じだはずだ。 さらに悪いことに土砂崩れダムが多数発生してしまっているらしい。 もちろんこの強度も耐久性も不明な土砂崩れダムが一番恐ろしく、見掛けはフィルダム(土盛りダム)みたいなもんだが、決壊する前に爆破でもして水を抜いてやらないとどんどん水が溜まってしまい、いずれ大規模な決壊、土石流発生が不可避となってしまう。 で爆破したらしたで下流のひびが入ったダムにさらに負担が加わってしまう。 けっきょくひびが入ったダムを全部放水しなくちゃならなくなる。 あげく市街地の冠水などという事態になれば感染症の危機が襲うし、その下流には問題の三峡ダムが控えている。 三峡ダムは今回の大地震の原因のひとつではないかと言われている世界一の巨大ダムだ。 貯水量が巨大すぎて地殻に悪い影響を与えてるんじゃないかという憶測が幾度となく出ていた。 今回、温家宝のみならず主席の胡錦濤まで被災地入りした、異例なことだと言われているが、聞けばなんとこのふたりはOさんとおなじくダム畑出身の土木屋なんだそうだ! それはいてもたってもいられないだろう。 胡錦濤はもともとチベット自治区の共産党書記だが、山岳地にはダムがつきものってワケで、順当な理由があったんだろうね。 日本でもそうだがダムといえば住民立ち退きは付き物。 チベット族の強制移住とかの根はここら辺にもあるのかも知れない。 さらにダム被害が広がれば胡錦濤、温家宝というダム屋に批判が集中し、またミスター厳命こと江沢民以下の上海閥を勢いずかせないとも限らない。 もうワケが分からない状況になってきてしまった。 いずれにしても胡錦濤にとって今回の地震、いやダム危機は政治的危機であり、一転地震馴れした日本人を誉め出す指示を出すほどの(これは中国共産党にとって歴史的な大転換)泡食う出来事なんだろう。 こんな状態でオリンピックなんて本当に出来るんだろうか。 Oさんのその後は知らないが、コンサルタントとして発展途上国のダム建築に携わったんじゃないかと思う。 中国のダムと係ったかどうか、それは知らない。 でも、とても壮健で眼力の鋭い、それでいて愛嬌のある方だった。 今も元気でいらしたらいいと思う。 最期に自分にとってのダムだけど、一言だけ、特にダムは好きじゃない一応。 |
|
| メイン |
|




